昭和四十九年十一月十七日 特別奉修委員への御理解
天地の親神様のお懐の中に、お互い生かされて生きておるんだということが本当に分かった時に、人間の本当の幸福感というものはあるのです。信心しよるから、おかげを頂くという事ぐらいのことでは、本当の幸福感というものはないです。自分の都合の良いようになる時だけは有難い。都合の良いようにならん時には有難とうない。そんなことじゃない。信心しよるから幸せ。お道で言う、信心しよるから幸せということは、天地の親神様の御恩徳の中にあるということが分かるから、しみじみと幸福を感じるのである。そこのところが分かっていかなきゃならん。
先程、佐田さんが頂いておられますのに、『ニュートンの法則』ということを頂かれたそうです。成程、あのニュートンの、皆さんも御承知のように、リンゴが上から下へ落ちるということは当たり前の事として思っておった事が、下に落ちるという事は、いうなら地球の引力ということをね、発見した。そういう偉大な力というものがあるということです。
今まではあるか、ないか分からなかったものがです、そういう力があるから、上から下へ落ちるんです。リンゴが、例えば、上へ、落ちるんじゃなくて、上がってもいいようなもんだけれども、下に落ちるというのは、ひとつの引力の力によるものだといったような発見を言うのでしょうけれども。
そういうね、そういう天地の働きというものがです、私共一人ひとりの上に、〔上〕の幸福の上にも、そりゃもう微に入り細にわたって働きかけて下さるという事実を分からせて頂かなきゃいけん。ですから、それは科学的にも、学問の上から言うてもです、天地にそういう偉大な働きがあるという事が分かっておるのですから、信心させて頂く者は、そういう働きの中にある。しかも、その働きの中に没入しておる。いわゆる成り行きを大事にするといったような事はそうです。
ですから、成り行きを大切にする、そこからすべての事が整うてくる。すべての事が有難いことに成就していく。それは自然を生かすことだから。それは天地を生かすことだから。ね。神様はまた、私共をさまざまな意味において生かして下さるわけなんです。
先程、福岡の川上さんのお届けですけど、毎日、六人、七人に合楽示現活動をなさらんことはない。電車の中であろうが、バスの中であろうが、市場に買い物に行ってからであろうが、もうそれこそ訪ねてくる人があれば訪ねてくる人に、毎日、有難いお話を、いわゆる示現活動をなさる。
昨日は電車の中でお話をした。その人は、たまたま日蓮宗の一派で何とかって言いましたね。何とか佼成会と。何とか佼成会というのがありますね。霊友会とか。やはり南無妙法蓮華経を言うのですから、日蓮宗の一派ですね。何とか佼成会の信者さんであった。
それで隣に腰かけられて、話をされるから聞いておったところが、叔父さんという方が亡くなられた。そのお葬式に行っておる。「そんならそんなように、ほんとに早く、悪い時に知らせてくれるとかどうかすりゃ、もちっと何かあったろうに」と、ずーっと不平不足を言うて行かれる。それで「何とか佼成会では、不平不足を言わんで済むようなみ教えはないのですか」というてから、(笑)話されたということです。
そして金光教の話を一生懸命なさった。合楽で頂いとる教えを一生懸命なさった。そしたら、「そんなに有難いところが、本当にあるとですか」と。と言うて、あんまり話に熱中しとりましたから、その方が降りられるところの電車《駅》をひとつ乗り越えられた。そしたらまた、さっきと同じことで、もう不平不足で、「もうほんとに、急いで行きよるとに電車を一台乗り過ごした」と言うて、悔やまれるそうです。だからね、川上さんが言われた。「絶対そんなことはありませんよ。有難い。私もあなたも信心のお話をさせて頂きながら、つい降りるべき駅を間違えるくらい一生懸命になっておってのことですから、決して間違いありません。いや、決して遅くなるようなことはありません。もうそれを確信することですよ、信心とは。悔やむようなことじゃありません」「はあ、そりゃそうですな」と言うて、別れたという話を聞かせて頂きましてね、信心させて頂くなら、いや特に今、合楽示現活動どもさせて頂こうという願いをもっておる人は、このくらいな信念をもたなきゃ駄目です。ね。
「絶対、間違いがないですよ」と。こと信心に限って、こと信心の話をしよってからのことであるとするならです、「そりゃ間違いない。神様のご都合ですよ。おかげですよ。そりゃかえっておかげになりますよ」と、言ってのけれるくらいなね、私は確信に満ちたお話でなからなければ、示現活動にならないと思うんです。
自分が半信半疑で、人に半信半疑な話をしたところで、通じるはずはないです。自分がおかげを頂いておってはじめて、示現活動といわれるのですから。自分がおかげを頂いておることを、有難いと思う、その話をするのですから。
それには、今申しますように、そういう例えば、ニュートンの法則じゃないけれども、そういうね、もうそれこそ途轍も無い大きな力、働きの中にあってのこと。そういう働きを、実を言うたら受けておってからのことなのですから、確信をまた出きる道理です。そういう天地のすさまじいまでの働きを、いうならば金光様のご信心をさせて頂く者は、金光大神のお取次によって、私共は頂いておるわけ。
なおさら、なら合楽にご神縁を頂いておる方たちがです、いうならば自然の働きに、いうなら溶け込んでいこうというのが、成り行きを大事にするということです。ですから、自然をそれが生かすことになるのですから、自然がまた私共の上に、生かす働きをして下さることも、こりゃもう絶対のものだという確信をもって、いうならばそのくらいな確信をもって、それこそ川上さんじゃないけれども、ひとつあんまり話しすぎて乗り過ぎた。そりゃ、その方が悔やまれる。悔やむことじゃないですよ。お礼申し上げることですよ。間違いがあるはずはありません。とこう言えれるくらいな信心は身に付けたいですね。どうぞ。